はるひら雑記

やらなくちゃいけない事だらけの世の中で、最もやらなくていい日記

親の条件とは『劇場版ポケットモンスター ココ』

よーーっす未来のチャンピオン

俺はアオモリタウンのはるひら!夢はアルファツイッタラーになること!!

 

今回は劇場版ポケットモンスターココを見てきたよ。


【公式】「劇場版ポケットモンスター ココ」予告1

ネタバレ全開の感想になるからまだ見てないよって人は引き返そう!

 

ブルース・ウィリスは幽霊だし、実は復讐は果たしているし、霧の中のモンスターは米軍に掃討されてるよ。

いいかな?

 

見に行く前は『もののけ姫』のような作品になるのかなと思っていました。

野生のポケモンに育てられたニンゲン「ココ」はサンで、「サトシ」がアシタカ、ピカチュウがヤックルでパパザルードは犬神、セレビィがシシ神でしょ。それしかありえん。と思いなが見てましたら、開演30分で気づきました。

俺は間違っていた!!

決してもののけ姫ではない。

 

こいつは、、、、

 

 

こいつは、、、、、、、、、

 

 

アバターだ!!!!!!

アバター (吹替版)

 

アバター×ポケモン×親子愛=劇場版ポケットモンスターココ

 

はい、ここテストに出るよー

物語のプロットはほぼアバターです。

開拓ロボットにボスが乗ってくれたら、完全にアバターだなあと思ったら乗ってくれたので安心しました。

 

まあでも、ザルードとココの立ち位置やココの最後の決断はアバターとはまた違い、ポケモンでやる意味のある作品に仕上がってましたね。

 

ポケットモンスターの抱える永遠の命題として、ポケモン世界におけるポケモンと人間の関係性があると思います。

ゲームだとあまり違和感のない、人間が指示をだしてポケモン同士を戦わせるという行為なのですが、アニメーションになったときは客観的にその行為を見れてしまうので、これってポケモン虐待なんじゃないか?倫理・道徳的にアウトなんじゃないか?と思われてしまう。思ってしまう危険性がありました。

それは映画第一作にして超傑作、ミュウツーの逆襲でも描かれているとおりです。

 

それから、約20年後、みんなの物語ではポケモンと人間の新しい関係性、お互いを助け合う、肩並べてともに生きるパートナーとしての姿が描かれました。

最近のゲームでも、ポケモンバトルはスポーツとして成立しているという設定があったり、バトル中に直接バトルには関係の無いようなポケモンの状態に関するテキストが入ったりと、整合性のとり方をしているように感じます。現実世界での馬術のような位置取りを目指しているのかなと思ったりもします。

それはとてもいい試みだと思いますし、今後もポケモンと人間の良い関係を作れることができたらいいなと思います。

前置きが長かったのですが、今回の作品では更に新しいポケモンと人間の関係性が描かれました。

そう、親子です。

旅や生活をともにするパートナーよりも近くて、強い関係を持ち出してきました。

すごい挑戦です。

 

親子、特に父と子という関係を描いたポケモンの映画といえば、『劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王エンテイ』を思い浮かべます。エンテイ(厳密に言うとアンノーンが作り出した幻影なのですが)はミイちゃんの親代わりになろうとするがうまくできず、サトシのお母さんを連れてきてしまいます。また、ラストには親子としての関係を解消しミイちゃんの夢へと帰っていきました。これはミイちゃんの夢から生まれた存在なので当たり前といえば当たり前の落ちなのですが、、、そしてエンディングでは本当の両親が帰ってきてハッピーエンドとなります。

それでは今回の劇場版ポケットモンスターココはどうでしょうか?

ジャングルのポケモン相手には誰にも負けない、勇敢な父ちゃんザルードですが、子供との関係には非常に臆病な父親として描かれます。

自分は子供の親になれているのだろうかという苦悩は、現実の父親が感じている不安そのものではないでしょうか?その不安を解消するために、エンテイは母親代わりを探しましたが、ザルードはそれをしません。子を騙しザルードとして育て上げます。

映画中盤、この嘘がバレる事により、ザルードは親としての自信を完全に喪失してしまいます。しかし、父ちゃんは自分よりも大切だと思える存在ができた瞬間父ちゃんになるのだと結論を出し、再びココのために全力を尽くすのです。最後には、ココはザルードの息子として胸を張って生きる道を選び、父ちゃんザルードもずっと父ちゃんのままで物語は幕を閉じました。加えて言うと、父子の絆の強さを見せるための、父ちゃん土下座シーンと、ココが技を使うシーンはかなりズルいですよね。反則技です。これらによってポケモンとニンゲンの親子関係は成立するのだということを強烈に提示することができました。

 

こういうようにポケモンと人間の関係の描き方も年代によって変わってきていますので、今一度、結晶塔の帝王を見てみるのもいいのではないでしょうか?

いまならアマゾンプライムなどで見れると思います。

劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 エンテイ

 

つづいて劇伴についてです。

 

随所で入る曲。これら全ては岡崎体育さんによる作詞作曲なのですが、まあ音楽パワーがすごい。映画開始直後、アバンタイトルに流れる「掟の歌」は迫力満点。耳に残ってしまい見終わったあとにふと口ずさんでしまうそんな曲。


【公式】「劇場版ポケットモンスター ココ」テレビCM(テーマソング集)

また、ココが初めてニンゲンとポケモンが共存する街に来たシーンで流れる「show window」は街の暮らしのキラキラ感と少年同士の無敵感がたまらない。

そしてトータス松本の歌う「ふしぎなふしぎな生きもの」は涙腺を思いっきり掴んで離さない。なんならそのまま搾り取ってくるし、エンディングの「ただいまとおかえり」は、涙の在庫処分バーゲンですか?ってなる。完璧。家族全員に対する目配せが半端ない。

ボーカルのある曲がバシバシ劇中に入るのが、すんごく「君の名は。」以降の日本アニメ映画っぽくて、ポケモンもついにそういう事をするようになったかと感慨にふけりました。

 

キャスト方面は特に言うことないです。今回も素晴らしい演技でした。

あえて言うならココのポケモン語を話すシーンなのですが、日常的にポケモン語で生活しているネイティブスピーカー感(流暢さ)がもう少し欲しかったです。違和感はそこまで感じなかったのですが、ピカ様がポケモン語ネイティブスピーカー過ぎて、まあピカ様と比べるのは可哀想というかなんというかですが。。。

 

不満点としては序盤の小ボケによるテンポの悪さ。小さい子の目を引くための仕掛けなのだろうけど、それだったらサトシとピカチュウのコンビ力を見せるような小さなトラブルの解決とか、もしくは父ちゃんザルードがジャングルに住む他のポケモンたちに恐れられていることがわかるエピソードを入れても良かったかなとは思います。

あと要所要所で入る回想シーン。もうちょっとスマートに見せることはできなかったのかなーともやもやしますね。

これら2つでかなりテンポが悪くなってしまったかなあって思います。

 

あとちょっと思ったことを箇条書きで

  • コジロウがかなり有能。パソコンができすぎる。
  • ムサシのロケット団制服がノースリーブでかなりHです。
  • ピカ様の探検服姿が素敵。かわいい。
  • ココは一人で旅立って言葉は大丈夫なのか?
  • ホシガリスもウッウもいいポジションもらいましたね。
  • ウッウにに見込まれているピカ様。素敵です。
  • ラスボスの部下たち、上司を見捨てるのが早すぎやしないか?

とまあこんなかんじで色々言っては来ましたが、ポケモン映画今年も最高でした!来年はどんなポケモンとニンゲンの関係を見せてくれるのか楽しみです!!!

XYの頃のようなバッキバキのポケモンバトルもみたいです!!

 

じゃあ!

ばいばい。

 

物語を紡ぐということ『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』

どうも僕です。

親戚一同にこのブログの存在がバレました。

 

ネットで使っている名前はあまり統一しないほうが良いかもしれません。

 

ということで新年二本目です。ビースターズは最終巻出てから振り返ったほうが良いかもしれません。

ということで今回はこちら!!

『 KUBO/クボ 二本の弦の秘密』

KUBO/クボ 二本の弦の秘密(字幕版)

KUBO/クボ 二本の弦の秘密(字幕版)

  • 発売日: 2018/05/22
  • メディア: Prime Video
 

 ライカの作った長編アニメーションでアカデミーアニメ映画賞を獲得したことでも話題になった作品ですね。

まあ、この作品、なんといいますか、物語の流れとしては親の仇を取るために伝説の武具を求めて愉快な仲間たちと時に喧嘩して時に笑いあいながら旅をする、というまあよくある奴なんですよ。何だったらラストシーンはそれで良いのかと疑問符が出たんですけど。

でもなぜか、エンドロールを見ていると涙腺が刺激されるといいますか、頬が濡れていて、これなんだろうなあ、って思っていたのが固まってきたので筆をとった次第です。

それでは行きましょう!!

 

僕は弦楽器は弾けません。管楽器は少々できます。

 

クボという物語を語る上で欠かせないのはストップモーションアニメという技法によって、大量の時間と労力をかけて作られたという点でしょう。

実際の人形を動かして撮影することによって出る、画面の迫力や、色の深みは他の技法では出せない奥深さを持っています。

ただ、僕はそこまでアニメーションに詳しくないので、ストップモーションVFXを融合して作られているこの作品の凄みを真に理解できているかと聞かれると微妙ですが。。。

ただ、ストップモーションによって作られていると知っているだけで、この作品の愛しさは格段に上がりました。


Inilah Film Stop Motion Terrumit Yang Pernah Dibuat | Kubo and The Two Strings

これメイキング映像なんですけど、もう映画見たあとだとこれだけでご飯3杯はいける。お茶碗3杯分泣ける。

 

また、この物語中多くの人物によって物語が語られます。

主人公のクボもその語り部の一人です。

クボは街で、不思議な力を使って紙人形を動かし皆に物語をきかせますが、門限のためいつも最後まで物語を語ることが出来ません。クボのお母さんも一緒です。物語が最後の方に近づけば近づくほど心を壊したかのようになっていってしまいます。

そして倒すべき相手として描かれる月の帝は、語る物語を持っていません。

みんながみんな物語を終えることが出来ずにいました。

しかし、この物語は最後にしっかりと『THE END』と終わります。ハッピーエンドです。

月の帝は倒されますが、死をもってこの物語をハッピーエンドとするわけではなく、記憶を失った老人として、街の皆から物語を与えられ平穏に暮らすという優しい結末が与えられます。月の帝に明確な罰が与えられないことにモヤモヤとする人がいるかも知れません。僕もその一人でした。しかし、考えれば考えるほど、この物語にふさわしい終わり方が、これしかなかったと思えてくるのです。

本当に悲しいことは語られるべき物語のないことです。作中でクワガタは言います。

「死んでも物語となり語り継がれ、そのものは皆の心のなかに生き続ける」と終わりのない物語は語ることが出来ません。

語るべき物語を持っていることの幸福よ、物語を終える事のできる喜びよ。

この物語は僕たちに伝えてくれます。

 

エンドロールでは、どのようにこの映画の撮影が行われたか、上に貼ったメイキングのいち場面(ガシャドクロのシーン)を見せてくれます。

そこで文字通り目にも留まらぬ速さで働くライカスタジオの人々。

この物語を必要とする人のために、必死で働いている人の姿を見ると感動で息がつまりました。

物語を語るという事を描いたこの物語は、物語を語るということが、語れる物語があるというのがなんと幸せなことか教えてくれます。物語を必要とする人、物語を紡ぐ人、それら全てに寄り添った最高の物語だと思いました。

 

余談になるのですが、日本の描写がすごく良いですね。

お盆と灯篭流しといった日本人には馴染み深いイベントを物語の装置としてうまく組み込んでおり、特に最終決戦の死者の魂によって打ち倒すその瞬間は、日本の死生観とうまく絡み合った最高のシーンだと思いました。

今年のお盆には実家に帰れるといいのですが、、、

 

三が日もラスト一日。がんばって良い物語を紡いでいきましょう!!

 

それでは!

ばいばい。

 

最良のパートナー足り得るか『僕のワンダフルライフ』

どうも僕です。

ビースターズの振り返り記事の更新が止まっているのは気にしないでください。

睡眠時間と酒を優先した結果がこれです。

笑ってやってください。

 

ということで、あけましておめでとうございます。

 

それでは早速元旦から記事を上げていきましょう!!

2021年一発目はこの作品!!

『僕のワンダフルライフ

僕のワンダフル・ライフ (字幕版)

僕のワンダフル・ライフ (字幕版)

  • 発売日: 2018/02/21
  • メディア: Prime Video
 

 丑年ということでね、一発目は犬の映画と相成りました。

 

ネタバレ込みで感想をガガッと書いていきますんでね、

いうてネタバレがどうこういうほどのサスペンスがあるわけではないので、

あまり気にしなくてもいいと思います。

 

ではでは

 

 

僕は犬派です。

 

はい。

総評として、いい犬映画でした。

動物に声を当てているドキュメンタリーとかはあまり好きではないのですが

この作品の擬人化にそこまでヤダミは感じませんでした。

その理由は、犬の気持ちに人間の希望を、犬はこうであってほしいという希望をあまり乗せていないように感じられるからです。

 

人間の良き理解者、良きパートナーとしては語られていますが、人の気持ちの代弁者としては描かれていません。

こうして描かれる犬の、人のために行動する必死さたるや可愛いこと可愛いこと。

 

一部、人間の色恋沙汰の後押しをする(結果として後押しする形になる)犬の行動にはやりすぎ感を否めませんが、犬が犬に生まれ変わりつつ、生きる意味を探していく物語なので、そのレベルのリアリティラインだと考えればそこまで目くじらを立てなくていいところでしょう。

 

犬ポイントを満点あげましょう。

 

犬は人間の最良のパートナーとして描かれていますが、人間はその限りではありません。人間は時に犬を不安にさせたり、悲しませたり、時には傷つけたりします。

犬は良きものとして描きますが、いかなる人間でも犬を飼うことが良きことだとは決して描きません。

そこのラインのシビアさがこの物語のメッセージ性をより強固にしていると思います。

 

この可愛い生き物を、この最良のパートナー足らんとする犬の期待に貴方は答えられますか?犬の最良のパートナーに貴方はなれますか?

 

あと、映画の冒頭、主人公とイーサンが出会うシーン。イーサンのマッマが主人公を助けるためとはいえ、車の窓をガッシャーーーンて割るのは流石にどうかと思う。

まずは、車の持ち主を探すべきだとお思う。そして動物病院に連れて行って補液してやってほしい。なぜ家に連れ帰った。。。そこだけは不思議だ。。。。

 

それでは

今年もよろしくおねがいします。

 

ばいばい

「BEASTARS」を読み返していくvol.2

どうも~僕ですよー

僕だよー

vol.1を書くとvol.2を書かないことで有名な僕だよー

 

でも2を書いてるよー

快挙だね。

 

 

BEASTARS 2 (少年チャンピオン・コミックス)
 

 表紙がルイさんですね。

まあ特に言うことないです。

制服がかっこいいです。

はい。

えーと

第8話はゴッドマザーのため息

ゴッドファザーといえばマフィアの大親分ですがゴッドマザーとはなんじゃろな

代母、女性の後見人キリスト教の宗派カトリックにおいて、子供の洗礼式に立ち会って名を与え、霊魂上の親として保護する役割を担う、実親でない成人信者の女性を指す(男性の場合は「ゴッドファーザー」)。

 コトバンク出でてきました。

ゴッドファーザーもこういう意味だったんですね。

ハルちゃんがゴッドマザーということでイイんでしょうか。

ウサギちゃんがビッチっていう設定はあまりにも直接的すぎるなあとは思います。

なぜウサギがバニーガールなどの性的の象徴として使われるかというと、ウサギは人間のように年中発情して性交可能な動物(多くの動物には発情周期がある)だからという説を聞いたことがあります。

ビースターズの世界ではあまり発情期のようなものはないように感じますね。

 

レゴシくんがハルちゃんの傷の由来を聞くシーン。読んでてゾクゾクするんですよね。

もしこれで、「何者かに襲われたみたいで怖い。」というような感想をハルちゃん持っていた場合、レゴシ自身がやってしまったと傷つくんですよね。ここでの残酷さっていうのは、相手に自身の傷跡を暴露させるような残酷さではなくて、自分の心の傷跡を自らほじくり起こすような残酷さですよね。

結局、予想外の返答をされてレゴシくんは戸惑うのですが。

 

あと思うのはまあ、レゴシくんの息子さんが、ハルちゃんは受け入れる事ができるのかとかいうそういう話なんですけど。

レゴシの祖父母も謎ですよねえ。まあそれは出てきたときでいいかなあ。

 

で続く9話

生態の時間が、2日に1回なのは頻度多すぎない?って思うんですけど。

これ、学校の決まりじゃなくて世界の決まりなんですよね。やっぱりドワーフウサギのエピソードとか、異種カップルがタブー視されるっていうこの世界は、種族ごとの分断が深刻であると考えられます。

個人らしさではなくて、その種らしさを強要されているわけですよね。

なんじゃろ、ズートピアは個性と生態は別ですよっていうのを執拗に描いていて、個性の上に生態が乗っかているような描かれ方をしていますが、この作品はこの9話の段階だと、生態の上に個性が乗っていてなんだかなぁって今読むと思うわよね。でもそういう生まれ持ったものを愛することも大事よね。

 

10話

肉食くんが草食くんが目立っているのをみて、やりにくいよなっていう超冒頭の何気ないシーン。なんか現代で女性の社会進出についてなんか言ってる男性と重ねてしまうのは穿った見方では決してないでしょう。

肉食中心社会、いざとなれば草食が一方的に蹂躙されるこの世界のバランス感覚の危うさを感じます。

肉食が草食に配慮してやっているという考え方をする動物も少なくないのでしょう。

 

それらを超越した存在としてのルイさん。

 

共存と共栄

 

それがこの漫画のテーマでもあるし、演劇部の裏テーマでもある、生き様を見せるっていうのもこの漫画のテーマでもあるんだろうな。

 

漫画というフィクション世界で演じられる更にフィクションの演劇というのは特別な意味を持ちそうですね。

レゴシくんは異種カップルの孫です。

ルイくんは裏市出身です。

 

 

11話は難しいですね。

ルイくんは強くあろうと努力をして取り繕っている、作られた強さにたいして、ナチュラルボーン強さのレゴシに対する苛立ちが爆発するところ、あの噛んでみろよって牙に写った自身をみた時のあの表情の意味が僕にはわからない。

アドラーの仮面の骨はやっぱり狼なんですかね。

狼の頭蓋骨は見たことがないのでなんとも言えません。

解剖学界隈だと「とうがいこつ」って言うらしいですよ。

 

12話

ルイさんイケメン。

でヘッドホンの形が気になっちゃうんですよ。

ああいういろいろな耳の形がある世界だと、特に耳が上についている生物もいる世界だと、ああやって抑えるヘッドホンタイプよりも、イヤホンタイプのほうが多くの動物に対して使いやすいデザインになるんじゃないかと思うのですがどうなのでしょうか。

 

13話から16話まで

いや書くことはいっぱいあるんですけど、ここまでひと繋がりでしょ。

 

殴られながらも観客のことを考えられるビルくんはかなり大人ですよね。

自身の生まれ持ったものに対して折り合いをつけられているビルくんは、自身が生まれ持ったものに対して、未だに意味を見いだせないでいるレゴシくんに対する鏡として登場します。

 

そしてビルのウサギの血を飲むという行動を見て、レゴシは自身の力は何のためにあるのかと言うのが明確に形つくられていきます。

 

そして、その草食のために拳を振るうレゴシに対する、ルイさんのお前の考えは正しいよという言葉が感動ですね。

あとビルくんとレゴシの16話の会話シーンは、ビルっていうキャラに厚みをもたせるいい会話だなって思います。

あとレゴシくんにだんだんと人間味というか、男の子っぽさがでてきて嬉しいです。

 

ここのあたりで一番好きなシーンは、ビルがレゴシの背中に縞模様を書くシーンです。エロいです。

 

ということで第2巻でした。

よくぞ第2巻まで来ました。我ながら偉いと思います。

第2巻全体の感想としては、面白いってことなんですけど。

まあ、おもしろい

とても面白い。

レゴシくんが自分自身の力の振るい方、生まれ持ってしまったものに対する自分なりの責任のとり方に目覚めて、自信をつけ始めるので、レゴシの表情が豊かになってきて僕は嬉しいです。

 

じゃあまたvol.3かもしくは怪文書でお会いしましょう。

 

ばいばい。

 

「BEASTARS」を読み返していくvol.1

どうも

最近自分は漫画がすきだと気づき始めました僕です。

 

その好きな漫画の中に板垣巴留先生の「BEASTARS」というものがありまして

各種賞を受賞されているので読んだことなくてもなんとなく聞いたことあるよてある人は多いと思います。

そんな聞いたことあるよって人はバックキーを押してください。

読んだことある人向けにただただエモを吐きだそうというのがこの記事の趣旨です。

向けって書きましたけど、ただ言いたいこと言うだけなので、まあそういうことです。普段の記事と変わらないということです。

 

2021年の1月に最終巻が発売されるので、それまでに既刊ぶんは振り返り終わりたいと思っています。

というわけで今回は1巻です。

 

BEASTARS 1 (少年チャンピオン・コミックス)
 

 え?誰この表紙?

新キャラですか?

 

え?こいつが主人公?

またまた~

僕が知ってる主人公のレゴシくんはこれですよ

 

BEASTARS 22 (22) (少年チャンピオン・コミックス)

BEASTARS 22 (22) (少年チャンピオン・コミックス)

  • 作者:板垣巴留
  • 発売日: 2021/01/08
  • メディア: コミック
 

 

 そうそうこれこれ。

まあということでむっちゃ絵柄変わりましたよね。

画力の変化を味わうのも連載漫画の醍醐味ですがここまでとは。

 

1巻の頃の絵は海外の児童文学の挿絵みたいでしたよね。

そこがまた、異国感があって味もあってよかったのですが、マジでレゴシさんが別人。

1話なんて喰殺犯へのミスリードを兼ねてか、非常に顔に陰影が付いてるので不気味すぎて、1話の段階では表紙になっていなかったら主人公とは思えない雰囲気を醸してるんですよね。

 

僕は単行本派なのでわからないのですが、連載当初から雑誌でこれを読んでいたら多分はまらなかっただろうなという確信はあります。

 

あと1話見ていて思ったのですが初めにテムが追いかけられているシーン。

進撃の巨人を思い出すのは僕だけでしょうか。

テムが平和という夢から目覚めて死んでしまうのが、進撃の巨人の巨人による支配を思い出すシーンとダブりますよね。

 

あと、1話の間に一切レゴシくんのモノローグがないのが、レゴシくんの不気味さをプラスしてますよね。あと、構図として、真上からやアオリとか、難しい表現もやってるから、キャラや背景の線に癖があるだけで、画力が高いのは現れてるよなあ。

 

まだ1話の感想なんですけど、これ終わるんですかね。

1話の総評としては、レゴシくんは顔は怖いけど性格はいい子だって言うのがよく分かる1話でした。

2話いくよ~

2話は扉絵のマズルTシャツレゴシくんが可愛い。かっこいい。菅田っぽい。

まあ2話はこれと行って特に。

あの、部長が1話で出てきたときの部会にリーダーズというかルイがいなかったのは作話の都合以外の理由があるんですかね。

こういう事があったときに鼓舞するタイプのキャラだと捉えていたのですが、まあ、部長とリーダーチームが話し合った決定事項を伝えるためだけの部会だったから出てこなかったと考えましょう。

そう2話。

ルイが出てきますね。ルイの詳しい話は置いといて、カイくんに役者チームからの首を言い渡すシーンですが、リーダー室にレゴシを呼び出して、衣装の打ち合わせをするのなら他のリーダーまで呼び出す必要はないし、確実にカイが自分に危害を加えるように誘導していますよね。

そのときに確実に自分の身を守ってくれつつ、カイが格下に見そうなメンバーだとまあレゴシくんが適役やろうなあ。

ルイは頭がいいというか、策士だなあと思いますね。

 

3話

そんなルイのできる具合を心得ているレゴシくんもまんまと乗せられちゃう。ルイくん、恐ろしい子

扉絵イケメンですね。目元隠しているのがセクシーです。菅田かな?

まあ、3話はとくに

ヒロインキャラが出てくるまでのつなぎというか、レゴシくんのある種の危うさが出ていますね。

まあそれくらい。

 

4話

実は、僕はあまりはるちゃん得意じゃないんですよね。

うん

でですね、まあ彼女は、肉食中心の社会の中で、それはちょっとおかしいんじゃないって言ってくれるようなキャラなのですが、まあいっか、そのへんはおいおい詳しく、キャラごとに語る会を作りましょう。

4話は5話とセットだと思うのでまあまとめて語りたいんですけど、

すんごい大事な回ですよね。今後恋仲になるとは思えないくらい衝撃的な出会いをする二人ですが、まあ根底では似通っているよっていうのがこちらに提示される回です。

種族も体の大きさも全然違う二人ですが、それぞれがその身体的特徴によって抑制された生活を余儀なくされています。これは、レゴシが演劇部の裏方で、ハルが忘れかけられた園芸部唯一の部員であることからもわかります。

まあ、この物語はレゴシが成長していく話、抑制された自身の欲望と向き合っていく話だと個人的には考えているので、この具現化した欲望とであう第4話、第5話というのは今物語「BEASTARS」の本当の意味での第一話と言えるのではないでしょうか?

 

第6話

ビースターという言葉が出てきますね。

以上です。

まあ世界観設定回というかんじでしょうか。

多数の動物種を大量に一つの社会にぶちこむと、そのスケールの違いにどう整合性を出すかというのに苦労しますよね。

ズートピアもう一回みようかな。あと名探偵ピカチュウ

まあそれと、昨夜の出会いがレゴシの心に大きな爪跡を残していることがわかりますね。

内面がぐわーーーっと描かれ始めて親しみが湧いてきました。

あと喧嘩中最後に目元が簡略化されたルイさんが一瞬誰だかわからなくなります。

アホっぽい顔のルイさんは珍しいので覚えておきましょう。

 

7話、やっと7話じゃ

1巻振り返るのにどんだけかかっているのか、、、

カイくんが乗せられやすい性格で良かったです。

角にタオル引っ掛けるルイくんも素敵です。これからルイさんと呼ばせてください。

肉食を返り討ちにする草食、強いアドラーを鹿が演じるということ、その意味を強く打ち出すとルイくんは言っていますが、このアドラーという話の結末が悲劇的であるというのがとても皮肉が効いていて大好きです。ここのルイさんのセリフ。

あと、レゴシが運命の再開をしますが、、、

 

ということで1巻の振り返り終わり!!

いいじゃんいいじゃん!!

サスペンスのように始まって縦の軸を用意した跡、その物語を展開しながら、主人公、ライバル、ヒロインといったキャラクターの登場紹介をテンポよく行っててさ、むっちゃ良いじゃん。面白いじゃん。

あと3話でルイさんがレゴシくんに足を上げる話をしてるけど、完全にフラグでしたね。

レゴシくんはこれから体中に傷跡が増えていくけど、その傷跡がそれぞれ繋がりになっているんだよなあ。

 

じゃあ「BEASTARS」を読み返していくvol.2でマタアイマショウ

 

ばいばい

善悪はわかるか?「羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~」

どうも僕です。

最近話題沸騰中のあの大人気アニメ映画「


『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』本予告映像

~ぼくが選ぶ未来~」を見てきました。

 

ネタバレを避けながら語るのは僕の技量ですと難しいので、視聴前の皆さんはお気をつけください。加えて言いますが、この作品のストーリーはいい意味で捻りがないのでそこまでネタバレは気にしなくていいと思います。

 

「羅小黒戦記~ぼくが選ぶ未来~」

アクションシーンが超最高でした。

2D作画の中で縦横無尽に動き回るキャラクター達、アクロバティックなカメラワークにカッコいい能力描写。マイナスポイントを探すほうが大変、むしろ見つけられない最高の戦闘描写だったと思います。

最近の戦闘で見事な作品といえば鬼滅の刃でしょう。Fateシリーズもそうでしたが、3Dアニメーションを用いることによるグルグル動くカメラワークに、ヌルヌル動くキャラクターたち。そしてカッコいい技エフェクト。ここまでの戦闘のカッコよさを中々見ることは出来ないだろうと思っていたのですが、それに勝るとも劣らないほどのかっこよさを見せつけられました。

マジで劇場の大画面で見てほしい。

 

キャラクターに関して言うと、シャオヘイが超かわいい。

デフォルメされた猫で描かれているときは個人的にはそんなだったのですが、人型に変身するようになってからというもの、かわいい、かわいい。最初に人間に变化するシーンで、あ、お尻見えちゃってるよ!って思ったのは僕だけじゃないはず。お尻かわいい

それでいて、すごく素直なキャラクターとして描かれていて、物語をフラットに見ているからこそ、観客である僕自身もシャオヘイと一緒にいい事、悪いことを考えることが出来て感情移入がむちゃんこしやすいんだよな。

フーシーさんはイケメンでいて自身に矛盾を抱えているキャラクター。

非常強い信念があって、その強すぎる信念のせいで自分自身が窮屈である、間違った選択をしてしまっていることも理解しているのだけど、だけど、皆のために、自分自身のためにはこうするしかないんだ、とがんじがらめになってしまっている難しいキャラクター。このキャラが抱えている問題も自身の普段の行動。人間の歴史的な意味を考えると完全な悪役とは思えず、このキャラがいることによって物語に奥行きが出来たなと思わせる良さがありました。

 

無限さん。いや無限師匠!!

ムチャムチャカッコいいですよね。圧倒的強さによる見ているときの安心感。無表情でクールな完璧人間に見えて、色々と抜けているところのあるお茶目さ。好きになるよ。師匠って僕も呼びたいよ。シャオヘイに向ける視線の暖かさと言うか、情の厚さというのも含めて、この人が主人公の物語も見てみたいと思わせてくれる惹きつけられつキャラクターでした。

 

他にもたくさん出てくるサブキャラクター達。皆、一瞬しか出てこないキャラクターも個性が立っていて魅力的でした。最終決戦でチョロっと出てくるナタなんて、あんなちょい役で使い捨てていいの!?と思わせる強者感、そしてカワイカッコよさ。ちなみに僕の好きなキャラは、最後の街での戦闘のときに住民を避難させる有能コンビです。中二心くすぐられる登場の仕方と活躍でした。

 

ストーリーの面でいうと、最初に言った通り、いい意味での捻りのなさで、わかりやすいがゆえに、観客に訴えたいことがストレートに伝わったと思います。

僕にもフーシーが全て悪いとは思えなくて、それは例えば、常に秘密を抱えながら生きることの窮屈さ、マイノリティとしての自分の抑圧された生活と重なる部分がありました。人間界に住む妖精たちは、人間たちに妖精とバレてはいけないという単純でいて強い成約のもとで生きねばなりません。人間たちと共存していくために。フーシーはそんな生活に疑問を投げかけます。そんなものが共存と言えるのか?もとから存在したのになかったことにされて良いのか?と

シャオヘイは劇中に無限から「その力を間違った方向に使ってほしくない」といわれ「善悪くらいわかる」と答えます。シャオヘイは人間に住処を奪われました。しかし、人間を助けるために能力を使います。このとき、シャオヘイは間違いなく正しい行動を取りましたが、気持ちがゆらぎます。

フーシーを無限とともに倒した時もそうです。最後にシャオヘイは「フーシーは悪い人だったの?」と無限に問いかけます。無限は曖昧な表情で答えます。シャオヘイにとってフーシーは憧れの存在でいて、初めて住処を与えてくれた「優しい妖精」です。その手段は間違ったものであったかもしれませんが、フーシーの考えが完全に間違っていたとは思えなかったのでしょう。もしかしたらシャオヘイ自身も無限に出会わなければフーシーのように成っていたかもしれないから。今後のシャオヘイの旅路が、今回の答え合わせとなっていくのでしょう。

 

作品のテンポ感も非常に心地よいものでした。

時折挟まるギャグシーンにクスッとさせられ、背景が急に省略されてワントーンになるところも、戦闘シーンの忙しさや、他の背景美術の精緻さも相まって、とてもいいアクセントになっていたと思います。

また、日本の漫画的な、目が輝いたり点になったりする表現など、声優の熱演とリップシンク完璧な翻訳家の仕事も相まって、最後にエンドクレジットを見るまで中国産映画だったことをすっかり忘れてしまうくらいの違和感の無さでした。

 

あ、地下鉄のシーンで乗る前に手荷物検査があって、そのときには文化の違いを感じました。

 

あとは、モブ人間たちのリアリティさ。地下鉄のシーンや最終決戦のシーンでたくさんモブ人間が出てくるんですけど、そこを全く蔑ろにしない脚本に脱帽でした。

館の妖精による生死の確認や、避難をさせる集団テレポート、またシャオヘイが変身したシーンでのリアクションなど。人間と妖精の共生について描いている作品として最高の人間側に対するフォロー描写だったと思います。

 

最後に

シャオヘイがししょーーーーーーーーーーって叫ぶシーンで泣いたことをここに書き添えておきます。

 

シャオヘイが選んだ未来はどのように動いていくのでしょうか?

続編が非常に楽しみな一本です!

呪術廻戦を読んでるときに思ったこと

呪術廻戦がアニメ化された。
鬼滅の刃が社会現象となり、ジャンプ作品への注目度が高まる中発表されたこのアニメは、第2の矢になりうるのだろうか?
 
という感じでカッコよく始めたのですが、言いたいことはアニメよかったですねって事なので、そろそろ終わりたいと思います。
 
 
嘘です、本作品を読んでいてなんとなく考察したい欲が沸き立ってきたのでそれについてグダグダと語りたいと思います。
 
『作者である芥見下々は過去の少年ジャンプのバトル漫画、BLEACHNARUTOるろうに剣心ドラゴンボールなどに脈々と受け継がれてきたジャンプ文脈ともいえるお約束を踏襲しつつ、そのお約束に疑問符をつけている』
 
というのが僕のこの作品に流れるもう一つの裏テーマかなと思います。
 
表のテーマは多分『正しい生き様、死に様とはなにか』ってところだと思います。しらんけど。
 
まず、作者自身、編集部からかくネームかくネーム悉くジャンプじゃないと言われ続け、ジャンプってなんだろう、王道ってなんだろうかと向き合いできた作品だと言っています(単行本5巻おまけページ参照)

 

呪術廻戦 5 (ジャンプコミックスDIGITAL)

呪術廻戦 5 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

虎杖くんの術式について考えていたら虎杖くんについて語りたくなりました。

 

 
 
 
 
虎杖くんは両面宿儺に耐性を持つ千年に一度の存在です。
まあ千年前に宿儺くんはなくなったので、人類初と言い換えてもいいでしょう。
この両面宿儺が精神世界で別の自我として存在するのは、ブリーチとかナルトを思い起こさせますね。
 
この点におけるこれら2作品との大きな違いがまだ良くわからないんですけど、1つ上げるとすると和解する未来が見えない事でしょうか。斬月のおっさんは結構協力的でしたし、九喇嘛はツンデレでしたから、なんとなく和解しそうだなと思ってたんですけど、宿儺くんはなんか和解しそうにないですね。思想が違いすぎる。
 
あと、虎杖くんは禅院先輩と同じタイプかなと伏黒くんに陰ながら評されています(1話)。
コレが真だとすると天与呪縛によって力を得ていることになります。
 
コレ以降、うだうだと虎杖くんの生まれに関する考察をしていたんですけど、なんか本当に書きたいことから脱線が激しいので簡単に
 
かんたんに言うと、天与呪縛っつーことは虎杖くんも術士の家系じゃねえかってこと。
 
って思っていたんですけど、虎杖くん過去捏造術式を本編で使い始めて、コレが宿儺の術式かというと、宿儺くんの反応的に考え辛いので、コレは虎杖本人の術式で、虎杖自身の術式と考えると天与呪縛による、肉体強化の線は薄いなあと思いました。
肉体強化の呪術師、今の所みんな呪術使えないもんね。
この術式自体は、主人公が憎しみ合っていた敵との死闘の末、相手を認め、良きライバルもしくは仲間になるというジャンプ王道展開に、いやいや憎しみってもっと深いものちゃうんかとツッコミを入れた結果かなと思います。
でこの術式は、おじいちゃんの遺言である「お前は大勢に囲まれて死ね」の部分にもかかった術式なのかなと。
この辺はおいおい本編で明らかにされるだろうし、そこまでふかよみする必要ないかなと思います。記憶捏造が術式だともかぎんないしね。
東堂くんの回想はギャグじゃなかったんかい、やれやれ、やられたよ
さんきゅー呪術廻戦、さんきゅー芥見下々
みたいな読み方でいいと思います。
どちらかというとここで言いたいのは、作者は戦ったあと仲間になっちゃう問題を自分なりの解釈で世界観に落とし込んでいることがすごいなーってことです。
 
あと虎杖くんの生まれについて可能性を上げるなら、呪霊(両面宿儺)と人間のこども(幽遊白書浦飯幽助てきな)なんじゃねえかなあ。浦飯幽助パターンが千年に一度の解決策にもなるのかと思いますが。
 
あと、天与呪縛の線を考えると、宿儺の器っていうのが呪縛の線もありますね。
 
 
 
あと目につくのは呪術開示
これは相手に自分の特殊能力をペラペラ喋るという行為に対するツッコミ。
この作品では、自身が不利を背負うことによりより呪力を上昇させるという設定によってこのお約束に理屈を作ります。
このあたりの縛りについての説明は冥冥さんがしてくれるのでみんなは心して聞こうな!
 
あとこれって、ハンターハンター制約と誓約に似てますね。
 
 
 
さっきから幽白やハンターハンターだの富樫作品が思い浮かぶのは偶然ではない気がして、富樫先生自身も非常に批判的な視点で少年漫画を書いている作家のような気がしています。
富樫作品の考察は多々あるので、一回ずつしか読んだことのない僕が語るのは差し控えますが、、、
 
 
まあ少年漫画の王道を知っているからこそ楽しめる読み方もあって、知らなくても王道な面白さがあって、超面白い作品だよなハム太郎!!!!!!!
 
ってことで終わります。
 
へけっ!